クルマ、鉄道、家電、時計、あるいはエンタテインメント

クルマ、鉄道、家電、時計、あるいはエンタテインメント、そして伝統工芸なども含め、日本が世界に誇れる技術は数多い。その技術を支えるのは、一人ひとりの「匠」たちだ。特に次世代を担う「匠」たちは、日本ならではの丁寧な職人技を持ちながら、伝統にとらわれない自由な発想で、イノベーティブな製品を生み出している。彼らの技術はこれからの日本の新しいトレンドを生み出すとも言えるだろう。 このシリーズでは、そんな新世代の匠たちを、日経トレンディネットが発掘する「ネットで買えるちょっといいもの」と合わせて紹介していく。“作品”にこめられた思いとは? そしてこだわりとは?  第1回は蔵前に工房を構える革小物司、岡本拓也氏とカードホルダー付きiPhoneハードカバー「iPhoneカバー『葉隠』(はがくれ)」。

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 ここで紹介する「iPhoneカバー『葉隠』(はがくれ)」(カードホルダー付きiPhone 4Sハードカバー/iPhone4対応/外側クロコダイルカードケース内側ノブレッサカーフ)は、今回、日経トレンディネット用に企画、デザイン、製作されたものだ。東京・台東区の蔵前に工房を構える岡本拓也氏が手がけている。

 岡本拓也氏は今から5年ほど前、万年筆・ペンケースが万年筆愛好家たちの厚い支持を集め、若手革職人として脚光を浴びた。当時から「コバ(革の切り口、断面)」の仕上げに定評があったが、コバに限らず、細やかで丁寧な仕事ぶりで常に新しい技術を追い求めていることが、革製品好きたちを引き付けてきた。

 まずは、今回のiPhoneカバーの製作工程を見ていこう。

iPhoneケースを作るつもりはなかった

 2011年11月、岡本氏はiPhone 4S用にハードカバーを製品化した。強度を保ちながらも手すきで極限まで削いだクロコダイルリザードオーストリッチなどの革を使い、ABS樹脂の土台と一体化したものだ。ケースは使い込むほどにツヤがでて、手にはしっとりとなじむ。

 「iPhone 4は形状がとても美しいので、その美しい形状をスッポリ隠してしまうようなカバーを作るつもりはなかった」と岡本氏は振り返る。しかし、iPhone 4S発売後、たまたまオーダーを受け、「ちょうど土台が準備できた」こともあり、手がけてみることにした。

 使用する土台ケースは微妙に外側(iPhoneの背面部を覆う部分)がカーブし、iPhone前面のエッジから少し下がったサイズになっている(ケースをはめてもiPhoneのエッジは見える)。このことにより、iPhone 4S自体の美しさは保ちながら、革をピッタリと貼り込めるようになった。

 この「i-Phone4S用ハードカバー」にカードホルダーをつけたのが、今回の「iPhoneカバー『葉隠』」だ。ホルダーにはPasmoやSuicaなどがセットできるので、お財布ケータイ代わりにもなるし、パスケースを持つ必要もなくなる。プラスチックケースなどでもホルダー付き製品はあるが、革製品はスリムで高級感があり丈夫だ。

 カードをしまうポケット状のホルダーは、コンマミリ単位で薄い。だからこそ、使ってみるとPasmoやSuicaなどを使う場で滞りなく読み取れるし、洋服のポケットの中で引っかかるようなこともない。

 それでは製作過程はどうなっているのか。

2、3ミリしかないクロコダイルの革を、手すきでさらに薄くする

 まず作業は、岡本氏が自身が作り上げた型紙にそって、あらかじめある程度サイズをあわせたクロコダイル革を型抜きする。この型紙は精密に作られているが、クロコダイルの絞りにより個体差があるため、型紙は数種類用意している。

 型を抜いたら、専用の包丁で革の裏側部分を削いでいく。「クロコダイルの革は丈夫で分厚く、特に裏側はふわふわしている」(岡本氏)のだが、削ぐ作業は機械ではできない。この部分を削がなければ土台部分に革がピタリとつかないので、削ぐ作業には、かなりの労力をかける。

 「包丁は1日に3回、砥ぐ。包丁による“下ごしらえ”を丁寧にしなければ、分厚い革になってしまう。それでは見た目が太った印象になるだけでなく、結果的に土台のABS樹脂からはがれやすくなる」(岡本氏)。

 

 削ぐ作業のあと、再び型紙を使い、カードホルダーを取り付ける窓の部分を型抜く。カードホルダーの部分は、クロコダイルではなく、ノブレッサカーフの革を採用。すべりも良くなり、色を替えることでデザイン上のアクセントにもなる。次にクロコダイルの革とあわせる部分(カードホルダーの、カードを出し入れする部分)の下ごしらえをするのだが、これはホルダーと本体の間の段差ができないようにするため。段差があると、カードが引っかかり耐久性にも影響する。ホルダーは、クロコダイルノブレッサカーフを専用の接着材で貼り合わせる。二重になると強度は2倍以上になるからだ。

 2枚の革を合わせた後は、面位置を合わせてカット。表側になるクロコダイルの革を基準に内側を削る。そのあとコバを仕上げていく。

 コバ磨きは、やすりがけ(ペーパーは600番を使用)、コバインクでの染色、専用機材を使っての熱処理、薬剤(3種類は使う)を使っての磨きなど、多様な工程を得て、つやを出す。数回繰り返し、仕上げていく。

 磨きの程度は、革の状態で変わる。もとのクロコダイルの個体差もあるが、革の染まり具合など、その時々の状態でかかる時間に差が出るそうだ。

 2枚の革を合わせて一度コバを磨いた後、ブランドロゴの刻印を入れる。その後、土台ケースに革を貼り込んでいく。まずカードホルダー部分にノブレッサカーフを貼る(直接カードが当たる部分)。次に外側のクロコダイルを端から丹念に接着させる。土台ケースにはペーパーがけをほどこし、接着剤が浸透しやすいようにしておく。

 土台を超える部分はケースに沿わせながらカットし、カットしたあとはまたコバを磨いていく。こうして、何度も磨きがかけられて、完成する。

 製作工程で岡本氏が何度も口にしたのが「下ごしらえ」という言葉だ。

 革製品の美しい仕上がりは、「下ごしらえ」が肝心。やすりをかけたり革を削いだり、一見、地味な作業だが、機能性と美しさを兼ね備えた完璧な仕上がりを求めるならば、これをひたすら誠実にするしかないという。だから、包丁にもこだわる。接着剤にもこだわる。薬剤でもなんでも、一つひとつのものにこだわる。

 しかも、岡本氏の工房には今、4人のスタッフがいる。今回のiPhoneカバーは、最後のコバみがき以外はスタッフに任せず、自ら手がけているものだ。

 岡本氏は、自身が「一職人」として終わっていいとはまったく考えていない。自ら立ち上げた革製品のブランドを、広く確立していきたいという思いも強い。

 なぜそうした志を持ったのか。

異色の革職人デビュー

 岡本氏は現在「T・MBH(エムビーエイチ)」と「T・KLM(タクラミ)」という2つのラインを立ち上げ、美しくも実用的で、新しい技術の詰まった革製品を生み出している。その名刺には「革小物司」という肩書きが記されている。この「司」という表現には、「職人であり、作家であり、ビジネスマンでありたい」という岡本氏の心意気が込められている。単に腕がいいと賞賛されるだけではダメ。芸術的センスを評価されるだけでもダメ。まして、ビジネスのためだけに革を扱うなんてもってのほか。職人として商品も作るし、作家として作品も作る。なおかつその革製品を広めていくためにビジネスマンにもなる。そういう立場で仕事をしていくために、「司」と冠した。

 その背景には異色の「革職人デビュー」の経緯がある。

 岡本氏は現在42歳だが、革職人デビューは今から6年前となる2006年3月18日のこと。それまでは、進学塾に勤めるサラリーマンだった。「それまでは単なる無類の革好き。給料のほとんどを革製品につぎ込んでいたほど。エルメスルイ・ヴィトン……世界の名だたるブランドバッグや靴を買い求めた」(岡本氏)

 そのうちに持っていたエルメスバッグを分解。どのように作られているのか、研究を重ね、素材の選別から成形、縫製、仕上げまで、すべてをハンドメイドで作り上げるようになった。最初は、妻のトートバッグ。革や道具は革専門店ではなく、東急ハンズで買い求めた。やがて許す限りの時間を革製品を作ることに費やした。「職場で背中合わせに座っていた同僚が、万年筆愛好家だった。彼の影響で、万年筆ケースを作るようにもなった」(岡本氏)。仕事での悩みや迷いも、岡本氏を革小物作りにのめりこませたのかもしれない。

 そんな生活を2年ほどすごしたある日、仕事のストレスから神経衰弱状態となった岡本氏は、突然東京を離れる。ほとんど失踪状態だったそうだが、やがて東京に戻ると、かの万年筆愛好家の元同僚が、「それだけ革が好きなら、革職人になったらどうだ?」と薦めてくれたのだという。

 そこで2006年3月16日、17日に開催された万年筆愛好家が集まることで知られる「ペントレーディング in 東京」に出展。その腕が認められ、初日に1月先までの注文をもらい、2日目には2月先の注文まで受けた。こうして道が開けたことで、革職人としてのキャリアスタートさせることになった。

 経歴からも分かるように、岡本氏は特定の革職人や工房に弟子入りしたわけではない。あくまでも独学だ。しかし、万年筆愛好者たちの支持を得て、ほどなく多くのメディアに紹介されるよういなった。そうした支援者たちの期待にこたえようとさらに努力するうちに、愛用者も増えていった。

 愛用者が増えるのは、岡本氏が「誰よりも厳しいユーザー目線」を持って革製品を作っているからに違いない。自身が革好きだからこそ、質感、軽さ、強度、機能性などあらゆる側面で要求にこたえるものでなければならない。

 例えば、万年筆愛好者たちがこぞって評価した「コバ」。ここまで美しいコバにはなかなか出会えないと、よく賞賛される。これももちろん独学で、時間をかけて進化させてきたものだ。「6年前からすでに磨いていたが、当時のものは、コードバンという素材に助けられていた面もあると思う。6年前の技術では、革の種類によって満足する仕上がりにならないこともあった。だから、ずっと研究し続け、2010年にやっと、今の形にたどり着いた。コバは、強さや耐久性がなければならない。新品の時だけ美しくても仕方がない」(岡本氏)。品質的差異は6年前の製品も、今の製品も、一般人にはわからないかもしれない。しかし確かにそこには磨き上げられた技が隠されている。

革職人でもあり、ビジネスマンでもありながら、作家でもありたい

 岡本氏は実は子供の頃から職人に憧れていた。しかし、美大出身の両親に「美術系では生活していけない」と言われ、美大への進学すら反対された。当時「職人になることは、世間一般的に、よしとされていなかった」(岡本氏)。

 現在、岡本氏自身も「大きな収入が得られているわけではない」と言うが、革製品を生み出すことへのモチベーションが下がることはない。

 「結局、負けず嫌いだから。誰にも作れないような、最高のものを作りたい。ほかの誰かが作ったものを見ると、常に口惜しい思いになる。エルメスでもルイ・ヴィトンでも、そのテクニックだけではない部分に心を動かされる。だけど、文化的、歴史的な優位度を言い訳にしたくない。例えばスイスラグジュアリー時計ブランドブレゲは時計の歴史を200年早めたと言われる。しかしそれを超えるスイス機械式時計メーカーフランクミュラーが登場した。自分もある意味、そういう存在になっていきたい。革製品の常識を超えていきたい」と話す。そのために革職人でもあり、ビジネスマンでもありながら、作家でもありたいのだ。

 この思いを実現するのが、先述の2つのラインだ。「T・MBH」では職人として一般の人が買い求めやすい製品を出していく。「T・KLM」では作家として特別な逸品を発表していく。

 そしてこの「T・KLM」の中に、岡本氏は最近、コンセプトシリーズを2つスタートさせた。それが「ほおづき」と「ライジングドラゴン」だ。どちらも革製品の既成概念を超える発想の作品を発表しているが、それでいて機能性や実用性は失われていない。

 「自分に限らず、革職人から人間国宝も誕生してほしい。そのレベルまで日本の革製品の地位を上げたい。この思いもモチベーションの一つ」と岡本氏。消耗品、実用品としてだけでなく、博物館に入るような後世まで残るものづくり。しかもそれを、ブランドとして確立し、ビジネスとして確立させる。すぐに消える職人や一代で消えるアーティストになってはいけない。いろんなものを手がけ、残すために、手がける革製品をブランド化していく。

 岡本氏の挑戦は始まったばかりだ。

紹介したiPhoneカバー『葉隠』は日経BPセレクションにて購入できます。価格、カラーバリエーションなど詳細は下記サイトにて紹介中です。日経BPセレクション「iPhoneカバー『葉隠』」

(文/山田真弓=日経トレンディネット、写真/川本史織)

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120305-00000000-trendy-soci

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